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大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)3596号 判決

原告 林田時夫

右訴訟代理人弁護士 正森成二

同 鈴木康隆

同 小林保夫

同 臼田和雄

同 稲田堅太郎

同 桐山剛

同 豊川義明

被告 株式会社名村造船所

右代表者代表取締役 名村源

右訴訟代理人弁護士 中山晴久

同 阪口繁

同 川上忠徳

同 久世勝一

主文

原告が被告本社総務部管財課勤務の従業員であることを確認する。

原告のその余の訴を却下する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  原告

1  原告が被告本社総務部管財課勤務書記の地位を有することを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  原告の請求原因

1  被告は、肩書地に本社を有し、従業員約一、二〇〇名(臨時工を含む。)を使用して、造船、船舶修繕等を業とする会社である。

2  訴外名和産業株式会社(以下単に訴外会社という。)は、大阪市住吉区北加賀屋町五丁目二七番地の三に本社を置き、従業員約五名(他に役員四名)を使用し、主として、被告会社への資材の販売および被告会社からのスクラップの購入を業とする会社であり、その資本金の九八パーセントを被告会社の出資に依存している。

3  原告は、昭和四二年三月、関西学院大学商学部を卒業後、同年四月被告会社に入社し、管財課に配属され、昭和四六年七月一日現在、被告本社財務部管財課(ただし、同日付で総務部管財課と組織変更)に勤務し、書記として株式事務および財産管理に関する業務に従事していたものであり、また被告会社の従業員約九〇〇名で組織する名村造船労働組合の組合員でもある。

4  被告会社は、原告に対し、昭和四六年七月一日付をもって、訴外会社への出向を命じ、就業規則六四条三号によるとして原告を休職処分に付し、同月五日その旨の辞令を原告に交付した。

5  しかしながら、本件出向命令および休職処分は、以下の理由で無効である。すなわち、原告は、被告会社と雇傭契約を締結したものであるところ、右出向命令は他社への出向を命ずるものであるから、雇傭契約の一方の当事者である原告の同意がなければならない。しかるに、右出向命令は、原告の同意を得ることなく、被告会社が全く一方的に発令したものであるから、右出向を命ずる被告会社の意思表示は無効であって、その有効であることを前提とする前記休職処分も当然無効である。

6  右のとおり、本件出向命令および休職処分は無効であって、原告はなお被告本社総務部管財課勤務書記の地位を有するものであるところ、被告はこれを争うので、原告は被告に対し、請求の趣旨第一項のとおりこれが確認を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし4の事実は認めるが、5、6の主張は争う。(もっとも、訴外会社の役員は、原告のいうように四名ではなく、現在六名である。)

三  被告の主張

1  原告に対する本件出向命令は、左記理由によりその同意がなくても有効である。

(一) 被告会社の就業規則第六二条(任免、異動)は「①業務の都合によって従業員に対し、任免を行ない転勤または職場、職種の変更を命ずることがある。②前項の場合、従業員は会社の認める正当な理由がなければ拒むことができない。」と規定し、同第六四条一項(休職を命ずる場合)は、「①従業員が次の各号の1に該当するときには休職を命ずる。」とし、その三号で「業務の都合によって会社外の業務に従事させるとき」と規定している。

(二) 右第六二条にいう「転勤または職場、職種の変更」すなわち異動には、右第六四条一項三号の「業務の都合によって会社外の業務に従事させるとき」、すなわち、いわゆる出向を含むものとして制定され、労使とも、従来そのように解釈してきたのである。現に、被告会社は、昭和四二年七月訴外会社の設立以来、同社に被告会社の社員を出向させてきたが、これらは、いずれも前記就業規則の各規定に基づいて出向を命じたものであるし、本件出向についても、原告の苦情申立によって開催された労務協議会において、原告の所属する名村造船労働組合は、被告会社からその法的根拠が右就業規則の各規定である旨の説明を受け、執行委員会を開いて検討したうえ、これを了承しているのである。

(三) 以上の次第で、被告会社は、右就業規則の各規定に基づいて、原告に対し本件出向を命じうる権限を有し、原告は、これに応ずべき雇傭契約上の義務を有していたものといわなければならないから、被告会社が原告に対し、本件出向を命ずるにつき、その同意を得る必要はないものというべきである。

≪以下事実省略≫

理由

一、被告が肩書地に本社を有し、従業員一、二〇〇名(臨時工を含む。)を使用して、造船、船舶修繕等を業とする会社であること、訴外会社が、原告主張の地に本社を置き、従業員約五名(他に役員数名)を使用し、主として、被告への資材の販売および被告からのスクラップの購入を業とする会社であり、その資本金の九八パーセントを被告会社の出資に依存していること、原告が昭和四二年三月関西学院大学商学部を卒業後、同年四月被告会社に入社し、管財課に配属され、昭和四六年七月一日現在総務部管財課(なお、同日付で右課は財務部から総務部に組織変更した)に勤務し、株式事務および財産管理に関する業務に従事していたものであり、また被告従業員約九〇〇名で組織する名村造船労働組合の組合員でもあること、被告会社は原告に対し、昭和四六年七月一日付をもって、訴外会社に出向を命じ、就業規則六四条三号によるとして原告を休職処分に付し、同月五日その旨の辞令を原告に交付したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、本件出向命令の効力について以下検討する。

1  思うに、雇傭契約は、労働者が使用者に対してその指揮命令の下に労務を提供し、その対価として賃金を得ることを内容とする契約であって、使用者は、この契約に基づいて、はじめて、労働者の労働力を企業目的のために利用処分する権能を取得するものである。ところで、雇傭契約は、その目的たる給付の性質上、労働者と使用者との密接な人的関係を要素とするものであり、その意味では、雇傭契約上の権利義務は一身専属的性質を有するものとみるのが相当である。民法六二五条一項が、使用者は労働者の承諾なしにはその権利を第三者に譲渡しえない旨を、規定しているのも、雇傭契約における以上のような一身専属的性質を考慮しているからにほかならず、この規定の趣旨に照らせば、使用者は、特段の合意のない以上、自己の指揮命令の下においてのみ労働者に労務の提供を命じうるに止まり、労働者もまた、雇傭契約においてあらかじめ同意し、あるいは、その後において個別的に同意するか、これと同視しうべき特段の事情の存しないかぎり、当該使用者の指揮命令下において、右使用者のためにのみ労務を提供すべき義務を負うにすぎないものと解するのが相当である。したがって、使用者は当該労働者の承諾その他これに代る法律上正当な根拠なくして労働者を第三者の指揮下において労働させることは許されないものといわなければならない。

2  しかるところ、被告は、本件出向命令は被告会社の就業規則に基づくもので有効である旨主張するから、まずこの点について考察する。

およそ、就業規則の規定が雇傭契約の内容を成し、あるいはこれを修正する場合のあることは、これを肯定しえないではないが、いやしくも労働条件に関する限り、その規定は明確であることを要し、もとよりこのことは出向制度についても同様であるから、文意がいずれとも解されるような規定をもって、労働者の利害にかかわる出向業務の根拠規定とすることは許されないものというべきである。これを本件についてみるのに、被告会社の就業規則に、被告主張のような内容の六二条、六四条一項、同項三号の各規定の存することは当事者間に争いがないが、同規則六二条は、単に、被告会社内における任免、転勤、または職場、職種の変更について規定したものにすぎず、出向すなわち被告会社の従業員に対し、被告会社以外の第三者の指揮下において労務の提供をなすことを命じうる根拠を定めたものと解することは困難である。また同規則六四条一項も、単に休職を命じうる場合を規定したにすぎず、出向について規定したものと解することはできない。もっとも、同規則六四条一項三号に、休職事由の一つとして、「業務の都合によって会社外の業務に従事させるとき」とあるのは、一見、出向の場合を含むかにみえないではない。しかしながら、後記説示のとおり出向にも種々の形態があり、労務指揮権が被告会社に残存する場合、逆にこれが出向先に移る場合、あるいはそのいずれを問わず、労働者が同意のうえ出向する場合等が考えられるが、これらの点が右規定上判然としていないばかりでなく、さらには、後記のとおり給与、退職金等に関する被告会社の諸規程のうえで、出向者の給与の支払、退職金の算出基準等について規定が整備されていない等の事情を合せ考えれば、右の休職事由に関する規定が出向の場合を含むものかについては疑義なきをえず、このような規定のみをもって出向命令の根拠規定と解することも困難である。

もっとも、被告は、被告会社においては、右就業規則の各規定がいわゆる出向を含むものとして制定され、労使とも従来そのように解釈してきたものであって、現に、被告会社は、訴外会社の設立以来、右各規定に基づいて同社に被告会社の社員を出向させてきたというが、右各規定をもって出向を含む趣旨に解しえないことは右説示のとおりである。のみならず、≪証拠省略≫によれば、訴外会社は、前記のとおり昭和四一年七月に設立された役員六名、従業員約五名の小規模な会社であって、一般の従業員については、設立当初の数名は別として、設立以来今日まで被告会社から出向した者は、原告を除いてわずか三名(男子二名、女子一名)を数えるにすぎず、しかもこれら三名の出向者も、すべて被告会社に採用された際、近い将来に訴外会社に勤務することを承諾していたものであり、そのうち男子二名は、入社後被告会社購買課において短期間すなわち一名は約五か月、他は約一か月の勤務を経た後、また女子一名は入社後約一週間程度のオリエンテーションを経たうえ、それぞれ訴外会社に出向したものであることが認められ、この事実によれば、右出向者らは、いずれも個別に、かつ雇傭契約において訴外会社への出向に同意していたものとみるべきであるから、これらの事例をもって原告の本件出向の場合を律するのは相当でない。また、≪証拠省略≫によれば、本件出向について、原告から苦情がでたため、被告会社では、昭和四六年七月一日労務協議会を開催し、出席した原告所属の名村造船労働組合の関係者に対し、本件出向命令を発するに至った経緯等を説明したが、右労働組合は、その後直ちに執行委員会を開き検討した結果、右出向命令を了承したことを認めることができる。しかしながら、右出向命令は、被告会社の従業員たる原告の一身に関する問題であり、右労働組合が了承したからといって、もとよりこれが有効となるべき筋合いのものではない。したがって、被告の前記主張は結局採用できない。

3  次に、被告は、本件出向は、同じ企業グループ間すなわち被告会社およびこれと実質的に一体関係にある訴外会社間に行なわれたもので、労務指揮権者になんら実質的変更がなく、しかも右出向により不利益を被むることもないから、右出向はいわゆる配転と同視すべきであって、原告の同意は不要である旨るる主張するので、以下その当否について検討する。

(一)  なるほど、雇傭契約において労務の提供を受ける使用者の権利の譲渡を制限する民法六二五条一項の趣旨が前記のとおりであることを思えば、名は出向であっても、使用者と労働者との雇傭契約がそのまま継続し、労務指揮権もまた依然使用者のもとに残存しているような場合には、実質的には労働者の勤務場所等の変更にすぎないものとして、配転と同視すべきものと解しうる余地がある。しかしながら、もともと出向と配転とでは、その性質が異なるから、右にいう雇傭契約の存続および労務指揮権の所在に関する判断にあたっては、右法の趣旨に基づき、労働者の立場をも含めて実質的にこれを考察すべきであって、出向先が組織上、経営上出向元と同じ企業グループに属し、これと密接な関係にあるなど企業側の事情のみからこれを判断するのは相当でない。

そこで本件出向の形態についてまず考えてみるのに、被告会社が原告に対し、訴外会社への右出向を命ずるとともに、前記就業規則六四条に基づいて原告を休職処分に付したことは前記のとおりであるから、原告と被告会社との間でなお一応雇傭契約が存続していることは否めないところである。しかしながら、反面後記(二)の認定から明らかなように、訴外会社は、被告会社の子会社とはいえ、これとは別個独立の法人格を有し、独自に営利を追及する会社であるところ、右事実に、≪証拠省略≫を総合すれば、原告は、本件出向により実際には訴外会社の従業員として同社の就業規則の適用を受け、同社の職制に従い、かつ同社の上司の指揮命令を受けて同社の前記業務に従事するものであること、しかもその給与はもとより、交通手当、旅費、退職金にいたるまで訴外会社の関係規程に従って同社から支払を受けるものであること、一方出向先である訴外会社から被告会社への原告の復帰の件については、両社の就業規則を通じてなんらの規定もおかれておらず、本件出向命令においても、特段の指示等はなされていないのみか、かえって、本件出向の際、被告会社側の説明によれば、右復帰の機会がないこともありうる旨示唆されたこと、現に、これまでに被告会社から訴外会社に出向した者が三名いるが(ただしいずれも前記のとおり原告の場合と事案を異にしている)、被告会社に復帰した事例はなく、したがって、原告が被告会社に復帰するかどうかは、まったく被告会社の裁量にかかっていること、加えて両社の各職員給与規程には、休職あるいは出向中の者に対する給与の支払については特段の規定をおかず(いずれも二〇条において、休職から復職した場合本給を日割計算で支払う旨の規定をおくに止まる。)、また、両社の各職員退職金規程においても、休職あるいは出向中の勤務年数を退職金の計算においていかに取り扱うかの点について何らの規定もおいていない(いずれも五条において一か月以上の休職期間は退職金の計算の基礎となる勤務期間に算入しない旨の規定をおくに止まる。)、以上の事実を認めることができる。もっとも、≪証拠省略≫によれば、右退職金計算の点につき、本件出向命令の内示の際、原告の上司城所部長から原告に対し、退職金の基準となる勤務期間年数は出向の前後を通じて通算する旨の説明がなされたことが認められるが、右は原告に対する個別的な説明であって、制度上の保障ではないから、なんら右認定の妨げとなるものではない。そして、右認定のこれら出向後の勤務関係の実際、および出向に関する労働条件の制度上の欠陥あるいは不明確さからすれば本件出向の場合、原告は被告会社との関係では休職であって、その間に雇傭契約が依然存続しているとはいえ、右は単に形式的なものにすぎず、その実は被告会社から訴外会社への移籍となんら選ぶところがないから、結局原告に対する労務指揮権は、これによって被告会社から訴外会社に移転するものとみるのが相当である。

(二)  もっとも被告は、前記のとおり被告会社と訴外会社との一体関係を理由に、本件出向にかかわらず、労務指揮権は、実質上なお被告会社に存するといい、なるほど、前記争いのない事実、および≪証拠省略≫によれば、訴外会社は、被告会社のほとんど全額近い出資により被告会社が従来資材部で取り扱っていた業務の一部すなわち造船関係資材の購入およびスクラップの販売業務を、経済的合理性の見地から、独立して担当させるために昭和四一年七月新たに設立した会社であって、被告会社のいわゆる子会社であり、その役員はすべて、もと被告会社の役員であった者か、あるいは現に被告会社の役員と兼職しているものであること、および訴外会社の営業および労務管理等はすべて親会社である被告会社の方針に則って行なわれていることが認められる。したがって、被告会社は、訴外会社の親会社として、同じ資本系統の企業グループに属し、両社は組織上実質的にいわば一体関係にあるものということができるが、右の事実から直ちに前記2、(一)の認定をくつがえし、原告の本件出向につき、労務指揮権の所在になんら変更がなく、右出向が有効であるなどと速断すべき筋合いではない。けだし、前記認定に照らし、被告会社と訴外会社間の右一体関係は、もっぱら両社の営業上の必要に基づくものというべきところ、かかる密接な関係にある両社において、今後人事の交流を要する場合の生ずることは否めないところであろうけれども(現に、被告会社から訴外会社に三名の者が出向していることは前記認定のとおりである)、前記説示のとおり労務指揮権の所在については労働者の立場を含め実質的にこれを考察すべきものであるから、訴外会社との右のような組織上、営業上の一体関係を理由に、前記のとおり実質上移籍となんら選ぶところのない本件出向につき、労務指揮権の所在になんら変更がないなどというのは、右労務指揮権の所在についてはもちろん、出向制度本来の趣旨をあやまるものといわざるをえないからである。

(三)  また、被告は、本件出向は一体関係にある同じ企業グループ間で行なわれたもので、原告の被むる不利益がないとして、配転と同視すべきであるといい、なるほど、出向元である被告会社と出向先である訴外会社とが同じ企業グループに属し、実質的な一体関係にあることは前記説示のとおりであり、なお≪証拠省略≫によれば、被告会社と訴外会社とは、就業規則をはじめ、退職金、旅費、交通手当、慶弔などに関し、ほとんど同文の規則、規程を有し、原告に関するかぎり、本件出向命令の前後を通じ、勤務場所、労働時間、賃金、諸手当についてほとんど差異のないことが明らかであり、また、訴外会社も被告会社の指示のもとに、両社を通じそれらの点に差異のないよう運用に努めていることが認められる。

しかしながら、右の事実から直ちに、被告のいうように、本件出向により原告の被むる不利益性がないとして、右出向を配転と同視しうるものではない。すなわち、前記説示から明らかなように、民法六二五条一項が、使用者の有する権利(労務指揮権はこれにあたる)の譲渡につき労働者の承諾を要する旨規定しているのは、労務指揮権に即していえば、まさに使用者と密接な人的関係にある労働者が、かかる労務指揮権行使の主体の変更によって不利益を被むることを防止すべく配慮しているからにほかならない。換言すれば、同条の規定は、かかる権利行使の主体の変更が一般的に、労働者にとって不利益を伴うものであることをその前提としているものというべきである。したがって、本件の場合原告が右出向により不利益を被むるものであるかどうかについては、なによりもまずかかる権利行使の主体の変更の有無を考察すべきであるところ、前記のとおり移籍となんら選ぶところのない原告の右出向に伴い、労務指揮権は被告会社から訴外会社に移転し、訴外会社が右権利の主体として今後これを行使することになるのであるから、民法の右規定の趣旨からみて、この点原告に不利益がないとはいえないのである。

のみならず、被告会社および訴外会社にみられるような組織化されて実質的に一体関係にある、いわば近代的な企業グループ間の出向につき、その不利益性の有無を労働条件の差異その他の実態的な観点から考察することが別段民法の右規定と矛盾せず、もしくは右規定の解釈上許されるとしても、そもそも原告は本件出向により左記のとおり不利益を被むるものといわざるをえないのである。すなわち、前記認定から明らかなように、出向先である訴外会社が被告会社と同じ企業グループに属し、両社の労働条件等に現在差異がないからといって、将来にわたってその差異がないこと、あるいは、原告が被告会社に止まった場合に比較して、訴外会社へ出向した場合の勤務成績の評価、ひいては昇進に、差異を生じないことについては、なんら制度上の保障はないのであって、この点原告に不利益がないとは速断できないのである。しかも、もともと終身雇傭制が常態である我が国の現状にかんがみると、出向元と出向先たる各会社の業種、規模、社会的評価などもまた当該労働者にとって重要な意味を持つものといわなければならない。しかるところ、本件出向先である訴外会社は前記のとおり従業員数名の小規模な会社であるばかりでなく、≪証拠省略≫によれば、訴外会社は昭和四四年四月から五月にかけて新聞紙上に、独自に男子職員若干名の求人広告を出したが、適当な応募者が少なくて、その目的を十分達しえず、営業にもさしつかえるようになり、その結果、いきおい親会社である被告会社に人員の補充を求めざるをえない状況にあったこと、および原告に対する本件出向命令も訴外会社のかかる人材募集難から企画されるに至ったものであることが認められる。他方、被告会社は前記従業員数から明らかなように、子会社である訴外会社とは比較にならない規模を有し、造船業界では著名な会社であるところ、右事実に≪証拠省略≫を総合すれば、原告は、前記大学卒業後右のような被告会社を選んで入社し、前記管財課において、前記株式事務等に従事していたものであって本件出向を命ぜらるまで、他社へ出向することなど予想もしていなかったことを認めることができる。叙上の認定事実を彼此検討すれば、原告にとって、自ら選んで雇傭契約を締結した被告会社から当時予想もしなかった出向を、それも被告会社とは規模、社会的評価等で大きな差異のある訴外会社に、前記説示のような実質的に移籍となんら異なるところがないような形態で、命ぜられることは、右雇傭契約時の期待を裏切るものといってもなんら過言ではなく、そのこと自体原告にとって重大な不利益といわざるをえないのである。

(四)  以上の次第であって、本件出向により労務指揮権は出向先である訴外会社に移転するものというべきであるから、右出向について原告の同意を要しないものとすることは到底できないし、また訴外会社と被告会社が同じ企業グループに属し実質的に一体関係にあることも、これをもって本件出向命令に原告の同意を要しないことの理由とはなしえないものというべきである。したがって、右に反する被告の前記主張はすべて採用することができない。

4  さらに、被告は、原告は本件出向命令に同意しているから、右出向命令は有効である旨主張するので、考察する。

≪証拠省略≫を総合すると、以下の事実を認めることができる。

本件出向命令は、発令の前日である昭和四六年六月三〇日午後一時、はじめて原告に対し、上司である財務部の城所部長から内示されたが、原告は、翌日出向という唐突な異動は前例がないため、本件出向は、同年春闘において同人が組合の職場委員として、強硬な意見を述べてきたことに対する報復人事であると考え、また、出向後は組合員資格を失なうのではないかとの不安を覚えたため、同部長に対し、内示が唐突である理由、訴外会社の労働条件、同社の業務内容、出向後の組合員資格等について、逐一詳細な説明を求めたうえ、出向命令には納得しかねる旨回答した。そして同年七月二日他の異動を含めて一せいに辞令が交付されることになって後も、一人その受領を拒み、本件出向の条件等について重ねて城所部長らの説明を求め、翌三日も同様な態度を続けた。しかし、その間被告会社側の態度に変りはないため、原告は裁判で本件出向命令の効力を争う決意を固め、留保付きで一応右出向命令に従うこととし、同七月五日朝出勤して城所部長のもとに赴き、右出向命令に納得はできないが、辞令は受け取らせてもらう旨を伝えてその交付を受け、同日訴外会社へ挨拶に行こうとの同部長のすすめに対し、今日は事務引継ぎをしたいから明日行く旨を答えて帰宅した。そして、翌六日は当裁判所に休職、出向命令等の効力停止の仮処分申請(同裁判所(ヨ)第一九〇五号事件)をなし、翌七日午前中はじめて訴外会社に出向の挨拶に赴いた。そして、訴外会社の関係者らに対して同月七、八、九の三日間は事務引継とし、一〇日から出勤する旨を伝えて帰宅した。その間、原告に対しては同月七日当裁判所の第一回目の審訊が、同月九日には被告会社に対する審訊が行なわれ、同日当裁判所から、原告を被告会社の財務部管財課書記として仮りに取り扱えとの仮処分決定が発せられた。原告は、右九日被告会社に出勤したが、特に仕事も与えられず、翌一〇日からは、被告会社に出勤してもタイムカードもなく、守衛やガードマンに入構を妨げられ、以来被告会社に勤務することができずに今日に至っている。

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

ところで、右認定事実によれば、原告は、一応本件出向命令の辞令の交付を受け、かつ出向先の訴外会社に挨拶に赴きはしたが、右出向命令に納得したわけではなく、その効力を裁判で争うことを決意し、将来に異議を保留して右辞令の交付を受けたものであり、出向先への右挨拶についても前記仮処分申請後にこれを行ない、実質的にはなんら出向先での仕事をせず、その間に本件出向命令の効力を停止する趣旨の前記仮処分命令が発せられているのであるから、原告が右辞令の交付を受け、かつ出向先に右挨拶に行ったからといって、本件出向に同意したものということはできない。したがって、原告がこれに同意した旨の被告の前記主張も採用することができない。

三  以上判断したとおり、本件出向命令は被告会社においてこれを発しうべき権限もなければ、また、原告の同意をえたものでもないから、その効力を生ずるに由なく、したがって、本件出向を前提とする原告の本件休職処分も無効であり、原告は依然として被告会社に対して労務を提供すれば、賃金を受領しうる関係にあるものというべきである。そして、右出向命令後、原告に対し配転等の措置がとられたことにつきなんら主張、立証のない本件においては、原告の右労務提供の場所は、右出向命令当時の勤務場所すなわち被告本社総務部管財課であるといわなければならない。

そうすると、原告は現在右管財課勤務の従業員であるところ、被告が本件出向命令の有効を主張し、これを争う以上、原告はその確認を求めうるものというべきである。もっとも、原告は本訴において書記の地位の確認も求めているところ、右は単に被告会社の従業員であることを指すものではなく、資格ないし職種としての書記を指すものと解されるが、この点については、原、被告間において別段紛争を生じていないのであって、このことは弁論の全趣旨によって明らかなところであるから、右書記の地位の確認を求める部分は、その利益を欠くものというべきである。

そうすると、原告の本訴請求中、原告が被告本社総務部管財課勤務の従業員であることの確認を求める部分は正当として認容すべきであるが、その余は却下を免れない。

よって、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 日高敏夫 裁判官 千種秀夫 三島昱夫)

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